私の名前は、瀬紫流と申します。

不思議なお話を一つずつ、とのことですが
お集まりの皆さまのお話を聞いているうちに、
一つ、思い出した話があるのです…

今まで誰にも話したことがなかったのですが
それではお話しましょうか、
GLLで私が拾った、小さな小さな手帳のことを。

その表紙にはね、こう書いてあったのです。





『ピグミーの名前に関するミステリー』



―プロローグ―


後に中世と呼ばれる時代、のどかで豊かな小王国に
そのピグミーが出現したのは、まだ風も冷たい春の日のことだった。


+++++++



「噂になっているピグミーはあの子かね?」と長老は尋ねました。
「ええ、そうです。あの明るいレンガ色の丸耳種です。左耳にテントウムシのあざのある…」
ふ〜む、と長老は白いひげをいじりながら、芝生の上をしげしげと見つめました。
小さい上に素早いピグミーの動きは、最近の長老には少々見えにくいものでした。
やっとあざらしきものを確認した長老に、青年は続けました。
「名前は分かっているんです。001と言います。健康で何の問題もありません。ただ…」
「ただ、何だね?」
「飼い主が見当たらないんです」


ピグミーを好む人々の間には、綿々と伝わるいくつかの掟がありました。
たとえば、一人当たりに一匹しか飼ってはならないといった掟です。
ピグミーは飼い主の感情を読み取って話すので、二匹を一人で飼っていると、
ピグミーは自分の分身ができたのかと思って驚いてしまいます。
可愛いピグミーを混乱させるのは、愛好家達にはしのびないことでした。
重要な掟のもう一つには、飼えなくなったピグミーは引渡し所に連れて行く、というものがありました。
ピグミーは野良になってしまうと、餌も島もないまま暮らさねばなりません。
真っ暗な公園で野宿するピグミーを想像することもまた、愛好家には耐えられないことだったのです。


ところが、001は彼らの知っているピグミーとは違いました。
001は飼い主もいないのに話をしましたし、飼い主もいないのに夜にはどこかへ帰っていきました。
長老は頭を抱えました。
「こんな話は聞いたことがない。わしが公園を仕切るようになって、もう40年も経つのに」
長老はぼやきました。
「ほかのピグミー達にひどい影響を与えておるではないか。いまや、みんな憧れの表情でヤツを見ておる!」
だんっ、と長老は机を叩きました。
ごつっ、と間抜けな音がしました。
「いかんいかん!集会じゃ!会議じゃ!あいつを叩きだせ!」

その場にいた人たちは皆、顔を見合わせました。ピグミーを追放するなんて聞いたことがありません。
ピグミーはいつも、可愛くて勇ましくて憎めない存在でした。叩き出すなんて!
でも、長老の言う通りかもしれません。彼らの愛するピグミー達は、今は001に夢中でした。
誰もが争って001について行きたがりました。飼い主達はだんだん不安になってきました。
―001の島へ行ったら、もう誰も帰って来ないのでは?
―ピグミー達は飼われることをやめてしまうのでは?
―飼われていることは、本当にうちの子にとって幸せだったんだろうか?


町にちらほらと[ピグミーをかいほうしよう]というスローガンが現れました。
愛ピグ家の肩身は少し狭くなりました。
そこで、長老の顔を立てて、全国会議を開くことになったのです。

初めての会議に、飼い主達はちょっぴりわくわくしていました。
「かいぎってなんだい?」
はるばるやって来た飼い主もたくさんいました。
公園はおのぼりさんでいっぱいです。
おほん、と長老が咳払いをして、会議は始まりました。
「けしからん輩がおりまして、世間を騒がせております…」

会議は一向にまとまりませんでした。
001は自らの意思で会話はしますが、目立って悪いことは何もしていませんでした。
001は住みかを持ってはいましたが、まだ誰も確かめたことがありませんでした。
出席者達は動揺し始めました。
―001は何者なんだろう。
―ピグミーじゃないのかも!

―そもそも、どうして001と呼んでるんだ?


この疑問に、誰もが凍りつきました。
「001は自己紹介をしたことがあるのかね!?」
長老が弾かれたように大声で尋ねました。
そして、答えるものは誰もいなかったのです。


「実に愉快なことじゃ」
威厳を取り戻した長老が、ずしりと言いました。
「誰にも飼われていないピグミーに名前があり、名乗ってもいないピグミーの名前を皆が知っておるとはな!」
沈黙が続きました。
「よろしい。この謎は、しばし眠らせることとしよう。今日の会議はこれまで!」



翌日の会議には001が招かれました。
誰もが、心なしか001を丁重に扱います。
するとぎくしゃくした空気をものともせずに、001は堂々と語り始めたのです。
「ハジメマシテ…」
しかし声が小さすぎました。
全員に聞こえるように、長老が横で繰り返すことになりました。
「こんにちは、呼んでもらって、とてもうれしいです」

001が語ったのは、このようなことでした。

001は隣国で作られた、世界で最初のピグミーであったこと。
以来、100年以上もの間、生きてきたこと。

そして、001は、自分が宝石ではなく「こども」を産むことを明かしました。
そういったピグミーは、なぜかその後再び作られることはなかったために、
―信じられないことでしたが―「ほかの国」で作られている無数のピグミーも、
全て、001の子供達を元に、そっくり同じに作った双子なのだというのです。

戦争が始まった隣国では、お金に目のない「えらいひと」達が、
子供をたくさん産ませようとするので
とうとうたまりかねて逃げてきた、という001の目には涙が浮かびました。


「この国はとてもいいところです」
と、001は続けました。
長老の声も少し震えて聞こえます。

「この国はみんなが豊かで、けんかもなく、だれでも自由にピグミーを飼えます。
むかしはわたしの国もそうでした。ピグミーはもともと、とても幸せな生き物なのです。
むかし、わたしを育てたハカセは言っていました。
『ピグミーには罪がない』って。
『だから、引き渡されたピグミーは、最高の命として大切にされるんだよ』って」


そして、001はぽつりと呟きました。
「わたしは、ひきわたされるピグミーをたくさん見てきました。
ほんとうは、知ってるんです。かれらはもう違う姿に生まれかわってる。

…今度はもう、ひきわたされることもありませんね」


001が小さく微笑んだ瞬間、彼らにはようやく分かったのです。


彼らがなぜ、001を知っていたのか、

彼らがなぜ、こんなにもピグミーを愛しているのか――――




―エピローグ―

わたしはそっと息をついた。
難解な字体の文献を一気に読んだ頭は、泥のように重かった。
それでも、もう真実ははっきりと分かっていた。

どうしてこの記録を読んでいて、わたしは001をはっきりと思い描けたのか、


いや、思い出すことができたのか。


とおい記憶の中で、わたしは001だったのだ。
001は母であり、わたし自身だった。
全てのピグミーは、001から生まれ、死んでいった―――



わたしにはやっと分かった。どうして私達がこんなにもリヴリーを愛してやまないのかが。



――それは、とおい昔に、彼らがピグミーとして暮らしていたからなのです。

――そして、それはそれは幸せだったことを忘れられずにいるからなのです。




Dr.M

ピグミー復元成功を記念し、ここに記す。





島名:花ぴん島/飼い主名:瀬紫流/リブリー名:花ぴん

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