【April Fools Dayの嘘】


バーチャルペット・リヴリー

バーチャルでのペット。
それ以上でもなく、それ以下でもなく。
ただ人間の娯楽を満たすゲームだった。

プログラム通りにしか動かないゲーム。
だがいつの日か、バーチャルペットが意思を持つようになった。



私はパソコンの前に居た。
ほぼ毎日、私はネットにアクセスをしていた。
目的はただ1つ【狛流】に会う為だった。
『リヴリーアイランド』と大きく書かれたHPロゴをクリックする。
パッと画面が明るくなる、瞬間に、【狛流】の姿が画面に現れた。
カチカチとキーボードを打つ。『O.HA.YO.U』...エンター。
画面の下側に「おはよう」と現れる。私が【狛流】に話しかけているのである。
その挨拶に、【狛流】は気付いたように此方へ振り返った。
私の顔を見て、ぱぁっと笑顔になる。
可愛らしく尻尾と耳を振って、画面の此方側へと走ってくる。少しずつ映像が大きくなった。
「おはよう!ミヤ!今日も来てくれたんだねっ」
パソコンの両側にあるスピーカーから声が流れる。
【狛流】の声だった。機械音ではなく、ちゃんとした肉声。やや高い子供の肉声だった。
この音や視界に写るものに対し、私はもう慣れていた。こんな日々を繰り返して、もう一年がたつ。
軽い気持ちで始めたはずのバーチャルペットゲーム・リヴリーにこんなにハマってしまうとは予想さえも付かなかった。

「うん、だって毎日ご飯食べないとお腹空くでしょ?」
カチャカチャとキーボードを叩く。トントンと会話を進めていた。
「そうだけどさー。忙しくないの?学校とか」
「いいのいいの、こうやってる方が楽しいからさ」
そう打ちながら、画面上にある四角いアイコンをクリックした。餌が書かれている表が表示される。
私は、左上にあるクネクネと動く赤い虫をクリックした。
【狛流】が居る島の上に、その虫が現れる。
その虫にぴょこぴょこと近づきながら、【狛流】は不満そうに顔をしかめた。
「えーっ、またツマグロ!?いつもコレじゃあ飽きちゃうよ。僕はクロムシが食べたいなぁ」
早くレベルを上げて『怪物の森』へ行きたいと呟く。
でも私は、「DA.ME!」とキーボードに打ち込んだ。
「ハクが怪我でもしたら危ないよ。ましてや、死んだら私泣いちゃうからね?」
長々と打ち込んでエンターを押す。画面上にその文字が表示されると、狛流は苦笑した。

私は、私が飼っているリヴリーに【 神足狛流 ( こうたりはくる ) 】と名前をつけた。
『クイ』という見た目が犬っぽい種類だったため、『狛犬』から漢字を拝借したのである。
そして、さらに省略してアダ名として【ハク】と呼ぶようになった。
ネット上での私の名前は【 神足深也 ( こうたりみや ) 】。親バカにもリヴリーと同じ苗字で名乗っていた。
よく【シンヤ】と間違えられるが、これでも【ミヤ】で性別も女だ。
だから【狛流】は、私の事を【ミヤ】と呼んでくれていた。

そうして、何かと身の上を思い出しているうちに『ブォン』とスピーカーから音が流れた。
この音は、島に誰かがやってくる時の登場音である。
画面に視界を映すと、桃色をしたゲッコウヤグラが居た。頭の右上に、ピンク色の血が書かれた絆創膏が貼ってあった。
「コータリ兄ぃ!」
【狛流】が慌てたように【コータリ】と呼んだゲッコウヤグラの元へ駆け寄っていった。
「大丈夫?どうしたの?」
私は、質問の言葉ばっかりを投げかけた。
リヴリーは4回まで怪我をする。4度目の怪我イコール死だった。
【コータリ】と呼ばれたゲッコウヤグラは、三回目の攻撃を受けたのだろう、血が絆創膏から滴っていた。
【狛流】は、生まれた時から【コータリ】と知り合いで、よく遊んでもらっていた。
だから『兄ぃ』と慕って呼んでいる。
「怪我・・・また怪物の森に行ってたんだね」
【狛流】は【コータリ】の怪我を見つめる。
【コータリ】は苦笑しつつ「大丈夫だ」と言った。そして、「それよりも」と神妙な顔もちで言葉を紡いだ。
「それよりも、聞いてくれよ。怪物の森で聞いた話なんだけどな、もうすぐ戦争が始まるってよ」
段々と語尾の声が小さくなっていた。スピーカーの調子が悪いのかと間違えたくらいだ。
最近、ますますリヴリーの感情感覚は発達していた。表情から、声色まで、ますます人間へと近づく。

「戦争!?」
私がエンターを押すのと、【狛流】が発言するのは同時だった。
ああ、とコータリは重たそうな頭を傾けた。頷く仕草。
「これは噂だから、事実かは知らねぇけど知らせておいた方が良いと思ってな。
 ホラ、チームランキングがあるだろ?」
チームランキング。リヴリー界では『チーム』を組む事ができた。
同盟、主張、すきな言葉。用途はそれぞれだったが、隊員の多いチームは
リヴリーの首都のような『リヴリーアイランド』でランキングという形式で発表されていた。
リヴリーたちにとって、いや、飼い主たちにとっても、ランキング上位である事は『名誉』であった。
不正やらなんやらで、今まででも幾度の口論があった。
「それが・・どうしたの?喧嘩はわかるけど、戦争って・・」
リヴリーアイランドでの総リヴリー数は『257108匹』だ。
そして、総チーム数は『2つ』。
今では、リヴリーアイランドの幾度のリヴリーたちが2つどちらかのチームに所属していた。
数匹のリヴリーは、チームに入っていなかった。【狛流】がソレである。
「ああ。それでな、この際チームは1つだけにしようって事で、2つのチームが潰しあいをするそうだ」
なんでこんな噂が立つのか、本当にそんな事が起きてしまうのか、【狛流】の顔はみるみる不安な表情になっていった。
コータリは大慌てでこの島にやってきたのか、肩を上下に揺らして息を切らしていた。
「本当なの・・?」
静まり返った私の部屋に、カチャカチャとキーボードの音だけが聞こえる。
きっと私は困りきった表情をしているだろう。

バーチャル世界で戦争が勃発しても、私には関係の無いことだと無視できた。
だが、【コータリ】の言う『戦争』が実際に起きたとしたら、その規模は唯ではすまないだろう。
もしかしたら、【狛流】まで巻き添えになってしまうのでは・・・

「だから、気をつけろよ」
そんな声が聞こえ、フッと【コータリ】の姿が消えた。
島から退出し、また違うリヴリーへとこのコトを知らせに行ったのだろう。
【狛流】が、心配そうな表情で此方を見ていた。


◇◇◇


そして本当に、革命の日は訪れた。




信じられない、私はログインしたばっかりのリヴリーアイランドを見つめた。
青々とした空がプログラムされた筈のリヴリーアイランドで、空が赤く染まり、至るかしこから粉塵が巻き上げていた。
リヴリーアイランドにある『やどかり亭』という看板が書かれたパークが目に入った。
『やどかり亭』と餌屋として皆に親しまれていた。
だが、もうその『やどかり亭』である店は跡形もなかった。廃墟、
廃墟、廃墟、廃墟、
一体私は、違うバーチャルゲームにログインしてしまったのだろうか。
此処があの楽園のように平和で賑わっていたリヴリーアイランドだとは思えなかった。

わぁぁぁぁっと、幾重にも重なり合った声がスピーカーから響く。
何匹ものリヴリーが、技を発動して戦いあっていた。
リヴリーたちのプロフィール、チーム欄には『騎士団』か『善良』、どちらかのキーワードが書かれていた。
なにが『善良』だろうか、争いを自分から勃発させていて。
なにが『騎士団』だろうか、一体何を守るつもりだろう、こんなに犠牲を出して。

パソコンの前に座ったまま固まっている私。
私はスピーカーの音を落とした。
それでもまだ、この凄惨な画像から大きな爆音でも聞こえてきそうである。

不安を胸に仕舞いこみつつ、狛流が居る島へと飛んだ。
狛流は居た。
だが、いつものように元気ではなかった。
島の端で怯えるように座っている。
私は、とりあえず狛流の身になにもなくて安心していた。
「ハク」
カチ、とエンターを押す。
はっとしたように、狛流は顔をあげた。
昨日とは全く違う表情。不安、恐怖、様々な負の感情が支配しているようだ。
「ミヤ!良かった、このまま来てくれないんじゃないかと・・」
いつもは元気に振る尻尾がダラリと下がっている。
「大丈夫、大丈夫だよ」
私は、画面の向こうの狛流を撫でてあげるコトもできない。
できるだけ慰めてあげられるような言葉を打ち込んだ。

フッ、と島の端にゲッコウヤグラの姿が現れた。
「コータリ兄ぃ!」
コータリは、今日も狛流の身を案じて来てくれたのだろうか。
相変わらず、怪我を負っている。
「ッ逃げろ!」
コータリがおもいっきり叫んだ。
精一杯小さくしたスピーカーから、大きな声が漏れる。
「・・え?」
狛流が心配げに首をかしげた。
「ヤツらがこの島に来る!」
ハァ、ハァ、と辛そうに息をする。コータリの頬から汗が流れているのが見えた。
必死、そんな言葉が似合うような様子。
「ヤツら・・?」
私はゆっくりとキーボードを打つ。
「ヤツらって何?戦争を起こしたっていうチームリーダーたち?」
「違う!ウィルスだ!この戦争もみんなウィルスのせいだったんだ!感染する、逃げろっ!!」
コータリは、これ以上島にいては危険だと感じ、フッとどこかへ移動していった。

「ウィ・・ルス・・・?」
私は、パソコンの前で呟いた。
『ウィルス』、ネットをやるものならば誰もがしっているであろう単語だ。
ウィルス・・・まさか。
「そんな筈は・・」

「ミヤ!」
狛流が悲痛に叫んだ。
画面右の奥のほうから、黒いモヤのようなものが狛流の方へ向かってくる。
「うそ!ウィルスがこんな風に出るなんて・・・!」
私は、あわてて狛流の移動ボタンを押そうとした。
だが、どこへ移動すればよいか解からない。
とりあえず、ウィルスに詳しい友人の島へ向かうことにする。
もしことが、既にウィルスに完成しているならばアウトだ。
「ミヤッ!!」
そうこう迷っているうちに、ウィルスのモヤは狛流を捕まえようと手を伸ばしていた。
あっ、と声をあげて、同時に、移動ボタンを押した。
フッと狛流の姿が消える。
画面も一瞬白くなり、別の島へと映像が変わった。

真っ黒な画面



一瞬、もう全てダメになってしまったのかと思った。

真っ黒な画面、パッと明るくなった。
無事な狛流の姿が見えた瞬間に、私は胸を撫で下ろした。

狛流が島にやってきた音で気付いたのでろう、青色のピキが
島主の【ロズヴィル】が此方を見ていた。
可哀想な事に、目の下には酷い隈だ。
きっと、いち早くウィルスに気付いたのは彼なのだろう。
その対処法を考えつつ、戦争から逃げ隠れし、大変だったろだうと考えると、胸がきつくなる。

たかがバーチャルペット、生きては居ない。
だが、ここまで人間に近づくと愛着を通り越して愛情が湧く。
なんとしてでも―――狛流だけは消したくなかった。



「で、ウィルスはどうにかならないの?」
あれから、ロズヴィルにそれなりにウィルスから隠れることが出来るバリアーを貼って話している。
ロズヴィルの飼い主は、コンピューター関連の仕事をしているからこういうのには詳しいと前々から聞いていた。
こんな形で、助けてもらうだなんて考えもしなかったが。
狛流の質問に、ロズヴィルは渋い表情を浮かべる。きっとパソコンの向こうでロズヴェルの飼い主も首を捻っているのだろう。
「ウィルスは、消そうとすれば消せるんだ」
ポツ、とロズヴィルが呟く。
えっ、と私は声を漏らした。
「じゃ、じゃあ早くやろうよ!ウィルスに全部やられちゃうまえに!」
狛流は手を広げて、ロズヴィルとその飼い主を催促した。
私も、催促の言葉をキーボードに打ち込みたいが、失礼かと思ってやるにやれなかった。
ロズヴェルと飼い主は黙ったままだ。

それから、数分はたっただろうか
ロズヴェルとその飼い主は悩んでいるみたいで、黙ったままである。
何に悩む必要がある?ウィルスを消せば平和が訪れるのだ。此方に不利なモノはない筈。
「―――――ウィルスは」
ロズヴェルが、小さな声で喋る。いや、飼い主が喋らせているようだ。
ロズヴェルは言った。

「ウィルスは、リヴリーアイランドごとデリートすれば消える」

そう、ロズヴィルは言った。
「!!」
私は慌てて手で口を覆う。
驚愕。驚きの表情は隠れることもなく。
狛流は目を見開いたまま動かない。心の中で葛藤しているのだろうか。
ロズヴィルは、目をきつく瞑って俯いていた。

デリート、
それは消去すること。
リヴリーアイランドの基本プログラムを残して、ウィルスに感染するであろう場所を
削除、する。
島も、ロズヴィルも、狛流も・・・。

「このままいけば、リヴリーアイランドのデータ全てが消える。
そうしたら修復はできない。その後、リヴリーアイランドは決して戻らないだろう」
ポツ、ポツ、とロズヴィルは言う。
ロズヴィルは、一体どんな気持ちだろうか。自分が、消えるという、現実を見た気持ち。
「だが、一度デリートすれば、また修復できる。僕らは消えるけれど・・・飼い主たちは、またリヴリーで遊べるんだ」
ロズヴェルは、狛流に言い聞かせるように、自分に言い聞かせるように。
「他に、他に方法はないの?」
私は、ゆっくりとキーボードを打った。
狛流は失うなんて、考えられない。藁にもすがりたい気分だ。
「他の方法は考えつくしたが無理だ。ウィルスが強力すぎる。奇跡でもおきないかぎり・・・デリートしか手は無い」

ああ、奇跡がおきれば・・・
強い焦燥感が襲う。狛流をパソコンから助け出すことができれば良いのに。
「まぁ、放っておいても・・・sa−natが手遅れにならないうちにデリートを実行するだろう」
ああ、聞きたくなんかなかった。
私たちには、拒否権なんか無いのか。
「ハク・・・」
今にも泣き出してしまいそうな狛流を、ロズヴェルが慰めていた。
狛流は、まだ幼い設定でプログラムされていた。こんな現実、耐えられるわけがない。
「うん、大丈夫・・・僕が死んでも、また僕を造ってね」
狛流のそんな言葉で、私はさらに現実を叩き付けられる。
どうせ消えても、また同じ名前で同じ設定のリヴを造ればいい。
でもそれは、同じであって同じじゃない。
「嫌だよ!そんなの・・・ハクじゃない・・・今の、ハクがいいの!」
キーボードを打つ私の手が熱い。まるでキーボードに八つ当たりするように発言していった。
「嫌」「やだ」。まるでダダを捏ねる子供のように我侭を言う。
「ミヤ!」
スピーカーから、初めてであろう。狛流の強い声色が聞こえた。
「・・・・うん」
狛流は、覚悟を決めたのだろう。


今日は、4月1日。
全てが嘘だったら良いのに。

「大丈夫、また会えるから」

画面が、真っ白になった。



――あの日から、もう1年が経った。

私は、相変わらずリヴリーアイランドをしている。
飼っているリヴリーは【神足狛流】。
前のように【ハク】と呼ぶ。
カチャカチャとキーボードを叩く。
「おはよう」
そんな挨拶に狛流は気が付いたようで此方に近づいてくる。
狛流の頭の上に、小さな吹きだしアイコンが現れた。
「はいはい、お腹が減ってるんだね」
慣れた手つきで、いつものようにツマグロを餌として与える。
狛流は嬉しそうに尻尾をふって、餌を食べた。前のように文句は言わない。

この狛流は、ものを言わない。
プログラム通りにしか動かない。
以前の、狛流ではなかった。

狛流たちリヴリーが意思を持ち始めたのは、あのウィルスのせいだったらしい。
あのウィルスが消えた今、当初のプログラム通りにしか動かないリヴリーへと戻る。
だけど、ちゃんと大切に育てている。



そして、奇跡もおきたから。

「わん!」
私の後ろで、犬が吠えた。
口に散歩用の首輪を持っている。
「ああ、もうそんな時間か。じゃあ行こうか、ハク」
私は、にっこりと微笑んだ。



あの日、ハクが削除されて途方にくれていたけれど、学校には行かなければならない。
仕方なく行った学校の帰りで、道端に捨てられた子犬を見つけた。
その子犬に添えられた手紙に、
【この仔をお願いします。理由があって飼えなくなりました。名前は「ハクル」です】
と、書いてあったのだ。
「ハク・・・なの?」
捨てられた子犬に、私は話しかけた。
捨てられた子犬は、嬉しそうに「わん!」とだけ吠えた。
それはそれは、嬉しそうに尻尾を振ってくれた。

奇跡は、ちゃんと起きたんだ。




END...



島名:理結う島/飼い主名:神足深也/リヴリー名:神足狛流

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