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「紅い月、そして白銀のもとで」 さあ、始めよう。 ***
ブイン、といつものように独特の機械音をたて、パソコンが起動する。そのスイッチを押したボクは、起動し終える数分の間CDをかける準備をするためパソコンの前を離れていた。
今は春休み。宿題が少しばかり出たのは予想外だったが、それでも部活に所属していないボクは、沢山ある暇を持て余してさえいた。
いつもは休みが欲しい、と言っているくせに、休みになったら暇すぎてつまらない、などとわがままなことを思うなんて、やっぱりボクも人間だと、ほんの少しだけそう考えたりもする。
少々レトロな音楽が流れ始めて、ボクはパソコンの前に座った。ジジジッ、と本体から音が出るが、しばらくほうっておくと静かになる。
ボクはマウスを右手で握り、即座にインターネットを開いた。そしてお気に入りから“ぽかげしきじま”というリンクをクリックする。
「元気、キナリ?」
別に問いかけたところで答えてくれるわけも無ければ、見た目の変化だってそれといって見つからない。
テレビなりパソコンなり、こうやって画面に問いかけるのは、幼い頃からのクセになっているようだ。
今話しかけているのは、まるで兎のように飛び跳ねるリヴリー、黒を基調としたスナイロユンクだ。
名前はキナリ。リヴリーというものは、最近流行っているバーチャル育成ペットだ。ボクはこの子を飼い始めてようやく一年というところか。
女々しいと姉に言われたりもするけど、そういう言葉は男女差別だ。
姉こそ普通に十八歳以上推奨のグロ系ゲームをやっているではないか、と思う。
男らしく胡坐をかいて、時折、“死ねえ!!”などと叫んだりするのはやめてほしい。
とはいえ、ボクも最近は一人称を変えてみたり、今時の学生男子らしく振舞っているつもりだ。
たまにうっかりボロがでて“ボク”と言ってしまったりはするが、最近はようやく慣れてきたと思う。
自問自答するときなどはどうしても一人称が“ボク”になってしまうのがいけないのかもしれない。
「……あれ、鍵? 他のリヴはいないのに」
ご飯であるクロムシを与え終わり、ふと見ると画面の真ん中、貝殻の島の、丁度貝殻のふたであるところに金色の鍵が現れていた。
技を発動するものがその島内にいなければ技が発動することはないし、けれど技が発動するときにはリヴリーの体が光るはずだが、キナリが光った様子は無い。
怪しいとは思ったけれど、好奇心が勝つ。ボクはその鍵をダブルクリックした。
「……っ!!」
途端に目の前の世界がブラックアウト。文字通り、目の前が真っ暗になった。
声を出すことも、体を動かすこともできない。
唯、目の前が真っ暗で、さーっと流れる風のようなものが頬を掠めることしか認識できない。
冷たくも、温かくも無い。けれど、恐怖や焦りすらも感じなかった。
その状態がどれくらい続いただろうか。
ありきたりの表現だが、数時間のようにも、数秒のようにも感じた。
気づいたら、目の前に小さな光。金色の小さな煌めき。
段々と少しずつ大きくなっていく金色。ボクは必死に手を伸ばした。
***
汝の言葉を信じよう。
***
ふわふわとした、さわり心地のよいものが腕の中にあった。ボクはそれをもっと触りたくて、引き寄せるようにぐいっと引っ張る。
「いたっ!! あんた、そろそろ起きろよ!!」
突然頭を殴られた。知らなかったんだからいきなり殴ることないじゃないか、と言いたかったけど、まだ意識が覚醒していないのは明らかなのでとりあえず、目を開けることにする。
瞼を上げると、まだ寝ぼけて霞んだ世界。手で擦って、何度か瞬きをする。そしてもう一度目を開けた。
……何て言えばいいのだろう。そこには真っ黒のふわふわしたもの。よく見てみると、それは尻尾だった。
順に上を見上げて行くと、砂色の毛に覆われた胴体、尻尾と同じく黒い手、襟巻きのように首の回りの毛は黒い。
右と左に大きく広がった兎のような耳は黒、僅かに潤んで明らかに怒りを表している瞳はえんじ。大体、高さはボクと同じくらいなんだろうか……。
「は!? お前なんだよ、おっきくなっちゃって!! あんなに小さかったのに!!」
言ってみた。そしたら、目の前のふわふわした尻尾に、顔をはたかれた。……結構痛かった。
「やっぱりあんたか……。何でここにいるんだよ」
ふわふわしたやつ、見た最初からわかっていたが、キナリはため息をついた。
パソコンの画面で見ているようなニコニコした表情なんかではなく、迷惑そうな顔を全面に表している。
毛一本一本の動きすらもリアルだ。パソコンで見るパターン化された顔とは全然違う。
ボクは立ち上がりながら言う。
「オレだってわからないよ。……何で二度もこんなところに」
「こんな、ってなんだ。ボクにとっちゃ大事な故郷だ」
バチン、と結構いい音が鳴るくらいに強く、頬を殴られた。その勢いでまた地面に体をつける羽目になった。
「……大丈夫かー、あんさん」
「ありがとう……雨人?」
差し出された手には水かきがついていた。腕をたどって顔を見ると、人のよさそうな蛙の顔。蛙だから、人のよさそうという言葉は間違いなのかもしれない。
手を掴むと、引き上げるようにたたせてくれた。ボクの胸ぐらいしかない、何も毛が生えていない黒い頭を見つめて、以外に手は乾いていてよかったと心の中で思う。
「久しぶりやな、まさかまた来るとは思わんかったで」
「オレもだよ。全く、一体全体どうなっているんだか」
ボクは約一年ほど前であろうか、この世界に来たことがあった。まだリヴリーも飼い始めたばかりだったあの頃、
シャットダウンしたパソコンの真っ暗な画面に、四角い青色のマークが出ていて、白抜き文字で“着信あり”と。
――あるホラー映画の題名だったりするが、当時は知らなかった――実は毎回毎回、パソコンをシャットダウンする度に、
“着信なし”と同じように出ていたので、いつか“あり”になるのか期待していたのもある。そしてついついエンターキーを押すと、いつの間にかにこの世界に来ていたのだ。
結局、キナリの島で雨人と共に一泊過ごして、気づいたらお別れを言う前にもとの世界に戻っていたのだが。あの記憶は夢だと思っていたが、二度目があるということは本当なんだろう。
「あれ、あんさん雰囲気変わったな。一人称もボクからオレになっとるし、服装も色が暗めのになったな」
「まあ、ちょっとね。それよりも……ここはセントミラノス霊園だよね。何でこんなところに?」
眼前に広がるのはたくさんの墓。パソコンでもたまに見かける場所なのだが、画面で見ているよりも墓がもっとたくさんで、一つ一つが大きく見える。
気のせいか、墓が密集して並んでいて一つの道を作っているようだ。パーク全体も先が見渡せないほど広い。
「……えーっとそれはボクの口から言ってもええことなんかな?」
人間で言うと苦笑いでもしているような、そんな様子で水かきがついた手を顔に当てて-いる雨人。しれっとした様子でキナリは言う。
「いいんじゃないの。ここまで来て戻るわけには行かないし、何か危険があったとしたらボクらにこいつを守る余裕なんてないかもしれないし」
「……まあ時間もないし、あんさんがどうやってまた此処にきたかわからんけど、歩きながら事情は説明させてもらいますわ」
何だか不吉な言葉を吐かれ、不安でいっぱいのボクのことを見て、少し気まずそうに雨人は顔を背けて歩き出した。
ボクは僅かに自分の顔が引きつったような気もしたけれど、置いていかれては大変と、慌てて雨人の横について歩き出した。キナリはボクの後ろから歩いてきている。
アメノヒグラシである雨人は、リアルになったところで瞳の輝きが増したぐらいで全く持って表情は掴めない。
しかし、その分雨人は独特なイントネーション――つまりは関西弁なのだが、それのおかげで言葉の強弱が強く、感情が掴みやすいような気がする。
黙られたら感情を読み取ることは不可能だろう。
「どこから説明すればええかな。あー、この前は話さんかったけど、まずボクらは“ブラックチェーン”ってものに所属しとるん。
チームみたいにバイオレコードに名前が表示されたりはせんのやけど、自主的なチームみたいな? あかん、ボク説明下手やねん」 雨人が一回立ち止まって、後ろを振り返る。ボクも一緒に振り返った。
二対の視線を受けて、キナリはうっ、と聞こえるか聞こえないかくらいの声を上げて、舌打ちをしてから口を開いた。
「で、“ブラックチェーン”ってのに所属しているのはボクと雨人とほか七名。雨人は副リーダーなんだ。
リーダーはピグミーで名前はクジル。ちなみにチームのメンバーは皆、真っ黒なリヴリーだ。活動は所謂、 何でも屋。依頼者は皆リヴリー。仕事は秘密文書の配達からボディガードまで。 依頼料は高いが、仕事は確実、丁寧、情報管理は徹底している。……あとはやってくれよ、雨人」 「ありがと、キナリ。それから、今の仕事について説明せんとな。今受けとる依頼は……あー……まだわからんのや。
ひとまず、今日の十二時ぴったりに来てくれちゅうもんでな。手紙と一緒に来とった金額からするとえらい金持ちなんやろうな」 「ふうん。何だか怪しくない? その依頼。他のメンバーいなくて大丈夫なの?」
途端に不安になってくるボク。さっきキナリが言っていたのもあったが、もしキナリたちのチームを狙ってのニセの依頼だったら、
ボクを守っている暇なんて全くないだろう。運が悪かったら巻き添えを食らって死ぬかもしれない。この世界で死んだら、もとの世界に戻れるのだろうか。 「怪しいとは思ったけどな、かなりの金渡されたんだ、断るわけにいかねーだろ。他のメンバーも違う場所で待機してる。それとさ……あんた此処おかしいと思わない?」
言われて辺りを見回してみる。洋風なおどろおどろしさに包まれた霊園。
パソコンの画面で見るものとは明らかに違う、立体感があり物凄く広い。空は、少しだけ朱が差しているような、黒。
曇っているようにどんよりとしていて、微かに漏れる紅の光だけを頼りにして歩いていた。
それから、墓。これもパソコン画面とは比べ物にならないほどの数。大きさもそれぞれで、ボクたちよりも大きいものも多い。
それらは密接して、まるで一つの道を作るかのように、左右に行儀良く並んでいた。墓の隙間から何か見えるかと覗いてみたが、何もない。 「墓の隙間から何も見えないところ?」
「まあ、それも一応正解やな。けどそれだけやないで。ボクらの仲間のトビネがいるんやけどね。
そいつがリヴリー界でも名高い天才ハッカーらしくてな。この世界の情報を書き換えることができるねん。 リヴリーの情報を書き換えるのは流石にやらんけどこの世界を欺くぐらいは普通にやってのけるんや。 で、今はそいつがプログラム書き変えてあるんで此処は普段と違う様子やし、他のリヴリーがはいれんようになっとるわけや」
「へえ。すごいんだね」
どこか自慢げに語る雨人さん。
と、相槌を入れた途端、ピーッピーッと小さな機械音が鳴った。雨人はどこから取り出したのか、
親指と人差し指だけでも持てそうなほど小さな黒い機械を取り出すと。目にも止まらぬ早さで何かを打ち込む。 数秒もしないうちに、ピーッと一音だけ鳴って“パスワード認証成功”と、機械特有の無機質な声が響いた。 「……えーっ、こちらディーライ、待ち合わせ場所までもう少しだよ。一応警戒はしておいてねーん」
「了解、何かあったら援護頼むなー」
何だか、物凄く軽い調子の、ボクたちの世界で言う最近の若者のような、そんな声がボクにまで聞こえてきた。霊園には全くそぐわない全く能天気な声だと思う。
「はいはーい、まかせてねん。ところで、さっきから君達と行動してるのって人間?
言っとくけどボクのせいじゃないかんね。あ、もしかして前、雨人たちが言ってた人かな? ま、あとで見てあげるし。じゃあ、グッドラーック」 「今のがさっき言っとったトビネや。よかったな、これで帰り道は平気やな。さ、何かがあるとわからん、あんさんも警戒しとき。リヴリーの攻撃力なめちゃあかんよ」
能天気でさらに楽天家のような声だけを聞いて、どうやったら安心できるものか。雨人が言うのだから、
本物だとは思うのだがいまいち信用できない。本当に天才なのだろうか。天才とバカは紙一重っていうしな。 「……う、うん。よかった。頑張ってみるさ、ところでキナリは?」
ふと、先ほどまで後ろを歩いていたはずのキナリの姿が見えないこと気づく。ディーライだかとの交信に気がそれていたのか、いついなくなっていたのかすらもわからなかった。
「あいつは先に行っとるよ。素早さも高いし、何かあっても独り身の方があまり心配せんでええしな」
へえ、とだけ相槌を打って、それからは待ち合わせ場所に近いということもあり、あまり音を立てないように歩いた。
少しばかり行くと、キナリのらしい黒っぽい姿が見えてボクは雨人の肩らしき部分を叩いた。
「ねえ、あれキナリかな?」
「そうみたいやな、キナリ、大丈……」
「来るな!!」
物凄い剣幕で叫ばれて、ボクは母親に叱られた子供のように肩をすくませた。すぐ我に返って雨人を見ると、
表面上のものこそあまり変わっているようには見受けられなかったが、危機を察知しているかのように、雰囲気がピリリとしたものに変わっていた。 「どうしたの……あっ!!」
「……もう手遅れだった。この傷からして殺されたんだろう。現場保管のためあまり近づくなよ」
恐る恐る近づいて目を凝らしてみると、そこには一匹のリヴリーが倒れていた。
紅い紅い、血に纏われた紫色のオーガ。
雨人の二倍ほどもあるだろうその巨体は、今は仰向けで手を広げている。キナリがいるおかげで顔は見えないけれど、それよりも先に印象付くものがあった。
ぱっくりと割れた、顔の傍から腹の中心部辺りにまで及ぶ、真っ直ぐ入れられた切れ込み。そこから多量の血があふれ出ているのだ。
もっと近づけばその中身まではっきり見えるのではないか、と思うほどその傷は大きい。ここからでも、茶色がかった臓器の端らしい血濡れのものが、傷口からはみ出しているのがわかる。 「そのオーガはん、多分オローガー者の社長ガーディ・オーロ、やな。ならあの金額も納得できるわ。
ま、ひとまず連絡せんとな。……あんさん、あんまり血とか慣れとらんやろうし、端っこにいっとり?」 いつの間にかに横にいた雨人に背中を叩かれて、ボクは頷きもせずにふらふらと、
死体から離れた墓を背にして座った。足の力が全くなくなってしまったように、へなへなとボクは崩れ落ちてしまった。 頭の中には、先ほどの光景のみがしつこく責めたてるように、何度も何度もフラッシュバックする。
その合間合間に目の前で、雨人が先ほどの機械で会話をしているのがぼやけて見える。キナリの姿もその先にあった。 ボクは今まで普通の社会で、あくまで平和に生きてきたものだから、こういうものに慣れてはいない。
いや、慣れたくもないのだが。それでも自分の情けなさぶりに泣きたくもなった。その合間にも、何度もあの傷の光景が焼きついて離れない。 紅い月の下、ボクは意識を手放した。
「雨人!! 依頼人が殺されたってのは本当か!?」
大声と、駆け込むような幾つもの足音が聞こえ、ボクは目が覚めた。あんなものを見て、よく眠れたと思う。しかし、よく見た瞬間に倒れなかったとも思う。
ボクは何度か頭を振って、両手で頬を叩いた。目の前の移り変わった状況に慣れようと、神経を目覚めさせる。
そこに新たにいたのは、ピグミー、パキケ、クンパ、トビネ、ホオベニムクチョウ、ユキムグリそしてヘンプクジンチョウだった。
大きさはまちまちだが、いずれも真っ黒だ。どうやら、叫んでいたのはきつい目をしたピグミーらしい。 「クジル、見てみーや。これはどっからどう見ても殺されとるやろ。それにこの手紙。最近騒がしい泥棒のもんやろな」
「リヴリーの心臓である純粋なddの塊を盗んでいるやつのことだな。犯行予告時間は……十二時きっかり、か。
今は……十二時三十八分。雨人たちから連絡が入ったときにはもう十二時五分かそこらだったな」 「これが自殺だったらたいしたものね。……他殺確定だわ」
「殺されたばっかり、って感じもしますし、死亡時刻は多分予告どおりなのでしょう……」
死体の前では、パキケとヘンプクジンチョウが顔を見合わせていた。ボクよりも小さいというのに、あの死体をみても気分を害したという程度のようだ。
ボクは力の入らない足を無理やり動かし、墓を支えにしてようやく立ち上がった。
「でも、オレたち道見張ってたけど誰も来なかったぜ!! 皆一直線に三つの道を走ってきたんだ。犯人が隠れられるわけねーよ」
ゆっくりと話している方に近づくと、クンパが通路に向かって腕を向けて喋っているところだった。
いちいちジェスチャーが多いやつだな、と見ていると偶然目が合ってしまったようだ。驚いたように目を見開いていたが、 隣のホオベニムクチョウに“ガック”と翼で小突かれて、別の方向を向いた。どうやらそれが名前らしい。 「どうだ、ディーライ」
「……うーん、ここらへん付近に監視カメラつけといたんだけど……バグが生じてる。画像が見えなくなってるな。侵入者感知レーダーだけは働いてるみたいだけど」
先ほどの声の主であろう、トビネの手がノートパソコンのキーボードの上を物凄い速さで動く。けれど今にも泣き出しそうなくらい、顔をゆがめているように見えた。
「おい、大丈夫か? まだかなり顔色悪いんじゃねーの?」
ディーライの様子を見ていると、頭にぽんとふわふわの手が置かれた。相手が誰だか声だけでわかる。
ボクはキナリのほうを振り返らずに、大丈夫、という意を込めてゆるゆると首を横に振った。 「……あまり無理すんじゃねーぞ。これからが大変だからな。ボクに寄りかかってろ」
柔らかい毛にうずもれるように、キナリが手でボクの体を傾けさせた。温かくて、気持ちがいい。ボクはそれに甘えて、キナリの肩に体重を預けた。
しかし、落ち着いたのも束の間。ダン、という音がして、ボクは慌ててそちらを見る。ディーライがパソコンのふたをかなり強く閉めた音だったようだ。
「……ごめん、ここらへんただでさえ無理してるからバグがすごいや。想定外だな……。
解析終了まで時間かかるから、ともあえず場所を移動しよう。犯人がまだ近場に隠れているかもしれない……。それにしてもおかしいな、何でこんなにバグが……」 「わかった。じゃあ一番短いのはこの道だよな。此処から行こう。ビゼもいいか?」
「うん……」
「キナリの飼い主とやら、話は聞いている。悪いがそっちの世界に戻すのは後になる。何があるかわからんから、私たちから離れないでくれ。離れた時は何も保障できないからな」
クジルがユキムグリの子に話しかけた後、そのままの体勢でボクに向かって話しかけたようだ。ボクがわかりました、と呟くと、クジルはすっくと立ち上がって周りを見回した。
この時点でボクはやっと一人で満足に立てるほど、足に力が戻ったようだ。キナリの肩に支えてもらいながら、
ボクはようやく自分の足で真っ直ぐと立った。キナリは心配そうにちらりとこちらを一度見ただけで何も言わない。 「クジル、一応これについて整理してみよか」
雨人が、いつもと変わらぬ表情のまま声を上げた。クジルは頷く。
「ああ、まず私たちは右側の道の入り口を見張っていた。私とトラートだ。左側はビゼとローアリスト、ガック。
真ん中はディーライとモシュだ。外部犯の可能性のほうが高いんじゃないか?」 「そのコソドロはんの仕業か……。だがそしたらどうやってここまで来れたんや? ディーライのプログラムに不備があるはずないやろ? ローアリスト」
なあ、と雨人が振り向くと、パキケがディーライのパソコンの画面から目をはなさずに答えた。
「今見てみたけど、ディーライのプログラムは完璧ね。書き換えたあとも無いわ」
「そりゃそーだよ。久しぶりにハードな仕事だったから何回もチェックしたんだ」
明らかに自信を喪失したような、能天気そうな声とは打って変わった声。既に青い瞳は潤みきって、雫をためていた。
と、クジルが雨人に向き直って、凛と響く冷たい声で言う。
「そうとなると……外部犯の可能性は低くなる、ってことになるんだが、雨人」
「ボクはそれを承知で言ったんや。……一番疑わしいのはボクらやろ? 長年の仲や、お前の考えとることくらいわかるさ、クジル」
何秒か、雨人とクジルの間で閃光が弾けるかのごとく、沈黙が訪れた。まさに一触即発の空気に、ディーライがカタカタと鳴らすキーボードの音以外は何も聞こえない。
――先に折れたのは、クジルだった。
「ふう……お前らしいな。……まだ可能性はある。私はお前が犯人だとは信じていない。
だが犯人ではないと信じているわけでもない、命がかかってるからな。さっさと犯人を挙げてしまおう。 ――どうした、ディーライ?」
ちょいちょいと、クジルの背中をパソコンを抱えながらディーライがつつく。クジルが振り向くと、ディーライはパソコンを開き画面をクジルに向けて差し出した。
「……クジル、解析は終わったよ。……雨人たち三……えっと、二匹と一人以外ここに来た人はいない。
ガーディ・オーロさんがいつ来たのかはわからないけど、少なくともボクたちが来る前だったみたい」 「そうか、ご苦労」
「それで……あの……」
「どうした? ディーライ」
言い出そうとしないディーライを心配して、ローアリストさんが声をかけた。ディーライは決心したかのように頷くと、キーボードを少しいじり、それをまたクジルに差し出した。
「実は……ボクあてにこんなものが届いてたみたい……」
「あのコソドロ、ガディッジからのメール!! 予告時刻は……一時五十七分、ってことは今から約一時間後か……」
「どうしよう? ……ボクまだ死にたくなんてなかったのに」
ガックの言葉を聞いて、ディーライは更に顔をゆがめ手で顔を覆い地面に膝をつく。周りの皆は、居たたまれないようにその様子を見て、口を閉ざしていた。
しかし、一匹だけはそんなディーライの傍に自分から近づく。
「ディーライ、そんな弱音を言うなや。ボクらはチームや。皆でディーライを守るよ? だから落ち着き」
「うっ……雨人……」
「そうだ。一先ず安全な場所に出よう」
寄りかかってきたディーライの頭を前足で撫でながら、雨人は振り返る。だが、そこにはバツの悪そうなキナリの顔があった。
「水を差して悪いんだけどさ、何故かはわからないけど……ここから出れなくなってる」
「は、まじ!? あ、本当だ」
「何で……? プログラムも書き換えられない」
それぞれが移動呪文を口々に唱えるが、うまくいかないようだ。ボクのそばにいるキナリも三種類の呪文を唱えた後、やっぱり、とため息をついていたのだ。
やはり、この空間は何かがおかしくなっている。
「予想はしてたんだがな……どうするよ、リーダー?」
「仕方ない、視界があまりよくない通路で立ち往生するぐらいだったら中心地まで戻った方が良いだろう」
クジルの言葉に頷くだけで、声を出すものはいなかった。
***
全てが全て、とろけて混ざってぐちゃぐちゃになって消えてしまえばいい。
***
「……ともあえず予告時間まであと二十分しかない。万全の状態で待ち構えないと……」
ボクらはクジルを先導に、大体二十分ほどかけてやっと先ほどの中心地まで戻ってきていた。
死体からは少し離れて、壁を背にした三つの通路が見渡せるところで一時、皆腰を降ろしている。 あのメールを見てから、既に四十分以上は経っているはずだ。ディーライは放心状態という風で、他の誰かに支えてもらわなければ動こうとすらしなくなっていた。
ふと、カサリと音がしたような気がして、ボクは右側の通路を覗き込んだ。
「あの……もしかしてあれってモンスターじゃありませんか?」
「くっ、何て数だ……。これもガディッジの差し向けなのか!?」
右側の通路の奥から顔を出していたのは、一匹のジョウログモ。だが一匹だと思っていたのが、
あとからあとから何匹も湧いてくる。それは右側の通路だけではなく、左側の通路も真ん中の通路も同じように、何匹もの大型モンスターが出てきていた。 「雨人、キナリ。ディーライを守っていてくれ。人間も命が惜しいのならばそこにいろ。
モンスターに攻撃しなくてもいいからそこでディーライを保護していてくれ。モンスターに乗じてどこから何が飛んでくるかわからん」 クジルはそれだけ言うと、飛ぶように走り声を張り上げ他のメンバーたちにも位置に着かせていた。
ボクたちは一番後ろに怯えて震えているディーライを、その前にボク、雨人とキナリは斜め右と左を守るように陣形を作る。 「ビゼ、トラートは右の道からくるヤツを。ローアリスト、モシュは左、ガックは真ん中だ。取り残したヤツは私が殺る。あまり無理をするな……いくぞ!!」
「/storm……」
「/hammer!」
「……/coldbreath!!」
「/sling」
「/thunder! /thunder!!」
「すげ……」
全員が一斉に技をモンスターに向けて繰り出した。普通だったらこれだけの数で、倍以上ものモンスターを相手にするのは不可能なのだろうが、
ブラックチェーンたちは思い思いの技を繰り出し、モンスターの攻撃をひらりひらりとよけながら、決定的な一撃を決めるタイミングを計っているようだ。 「あいつらも伊達に裏稼業に手を染めてはいねーよ。ボクらは護衛に専念しないと……」
「/flower!/wind!」
雨人の体がさっと光り、ボクたちがいるところを囲むように、花と風が渦を作って回り始めた。
「雨人はどの技も強力だからな。これだけでもなかなかつよ――あっ!!」
いきなり、全ての光が飲み込まれてしまったかのように、全ての風景が漆黒になった。
もとから薄暗いところだったが、僅かに残っていた光すらも全て消えてしまったのだ。
「何で暗いの、何も見えないよ!! 雨人!? クジル!?」
「おい、ディーライ行くな!!」
ボクの後ろにいたはずのディーライの声が前方から聞こえる。状況を判断するのに使えるのは、音だけになっていた。
キナリが追いかけたのか、キナリの声も少しだけ離れて聞こえた。 「ぐっ、げほっ……ボクはまだ死ぬわけには……あああああっ!!」
「ディーライ!!」
何も見えないけれど、わかるのが音だけというのは更に緊張感を増させる。
――ディーライの断末魔の声が大きく響いた。
「光が戻った……モンスターが消えてる……」
そんなことは言わなくてもわかっていた。けれど、言わずにはいられなかった。じゃなければ、今度はあの声が耳から離れなくなってしまうから。
「ディーライ!!死ぬな、おい!!」
けれど、そんなことは言ってられない。キナリの必死な悲痛な声が耳に飛び込んできた。
「キナリ……」
雨人がディーライを抱くキナリの肩に触れて、ゆっくり首を振った。キナリは縋るように雨人を見上げる。
「……死亡時刻一時五十七分。死因は胸に刺さったこの矢だろうな。こんな短時間でどうしてここまで綺麗に腹を裂けたんだろうか」
「ディーライ……」
そのトビネの胸には、一本の矢が深々と突き刺さっていた。そして、また――
腹には綺麗なほど、すっぱりと切られた長い傷があった。同じように血がとくとくと、今もまだ池を広がらせながら流れている。
ディーライを抱くキナリの毛も段々と赤くなっていくようだ。 ボクは見ていられなくてすぐに目を背けた。今回は、その表情までもが見えてしまった。
絶望にひしがれ、それでも必死に生きようとしていただろう瞳。もう輝きは無いがあまりの恐怖のためか、
僅かに飛び出している。口は大きく開けられ、そこからも血が流れていた。 「……悪いがこれでは……」
「ボクらが疑わしい言うんやろ、クジル?」
凛とした、冷たい声。明るく振舞うようで、けれど重い声がそれを遮る。
「そうだな。両方ともにそばにいたのはお前らだけだ」
目を伏せ、嫌悪感を表すかのように背の低い雨人を見下ろすクジル。その視線を全くの無表情で雨人は受け止めていた。
空気に耐えられなくなったのか、ガックがクジルを見てどこか怯えながら訊ねた。
「でも人間がいるのにそんなことをするのか……?」
「それを利用したんだろう? ただ足手まといにしかならない人間を連れているから、と」
「ちょっ……何すんだよ」
ボクが寧ろ身勝手な言い方に抗議の声を上げようと、一歩クジルに近づいたが、それを座ったままのキナリの尻尾に阻まれた。
「……いいんだよ……静かにしてな」
「クジル、こんならわいらを檻に入れるなり何なりすればええやんか。ローアリストならそれぐらいのことわけもないやろ」
「本当にいいんだな……? 仲間にこんなことしたくなかったんだが、そうせざるを得ないようだ。ローアリストすぐに頼む」
こうしてボクが何も言えないでいる間に、ボクら二匹と一人は囚われの身になってしまった。
***
泣いて泣いてたくさん泣いて、目が覚めたら別のもの。
***
全く快適とは言えない檻の中で、ボクは何度目かわからない不平の声を上げた。
「おい、どうすんの、これから?こんな檻の中にいたんじゃ狙ってくださいって言ってるようなもんじゃんか。真犯人探しもできないし……」
「あんた、そろそろ静かにしててくれない? ボクたち、今推理してるんだから」
え、と疑問の声を上げる間もなく、まるでボクの言葉など全く聞こえなかったように、雨人が落ち着いた声でしゃべりだした。
「ガーディ・オーロ氏は多分ボクらが来る結構前から来ていたんやろう。ディーライのプログラムに狂いはない。
想定外のバグが生じてしまったようやけど、今までの経歴から見てそんなミスあると考える方が不自然や。 待ち合わせ時間が犯行予告時刻と大差ない十二時ぴったしやったのはおかしいし、多分連絡の手紙がすり返られたんやろうな。受け取った手紙か返事の手紙かしらんけど」 「ボクもそう思う。ディーライのプログラミングは完璧だった。見た限りは綻びも無かったし……それよりもバグの方が気にかかるね」
「そやな。また整理してみよか。真ん中の道の入り口にいたのはトラートとクジル。右はビゼとローアリスト、ガック。左はディーライとモシュ。
こう見えたって皆戦いに覚えがあるヤツばかりや。……外部犯の可能性は限り無く低いんやけどな」 「ボクは、犯人はあの中にいると思うよ」
スラスラと疑問を説き始めた二匹にボクは正直、隔たりを感じた。推理しているのだったら言ってくれればよかったのに、とわがままかもしれない言葉が胸にわだかまっていた。
「え、仲間なのに?」
「仲間だろうが何だろうが、殺されるのをただじっと待っているだけなんて嫌でしょ?
どういう方法で殺すにしろ、犯人は殺しに絶対の確信を持っているはず。だから時間に余裕を持って真犯人を見つけ出さないといけない」
「で、次ディーライの方検証してみよか。ディーライは胸に矢が刺さって死んだんやな。ボクの見た限り、生命の塊も抜かれとった。
それにしてもモンスターたちが消えたことや、全員に呪文ダークをかけれた、ってのも不思議やな」 「ボクたちの目の前で、その時刻ぴったりに殺されるとはまさか思ってなかったんだけどな」
「……あまやん、キナリ……」
ボクはこの二匹の話を止めてくれた救世主へと顔を向けた。檻の向こう側には、先ほどの小さなユキムグリの子と、この檻を作った張本人、ローアリストさん立っていた。
「ビゼか? それにローアリスト。どうしたんだ、こんなところクジルに見つかったらあんたらまで檻に入れられちまうんじゃないの?」
「相変わらず口の減らないガキね。折角助けてあげようってのに」
「おおきにな、ビゼ、ローアリスト。……信じとったで、来てくれるって」
「あなたとは長い付き合いだもの。目でわかったわよ。……クジルの思うところは仕方ないとは思うけど、私はあなたたちを信じるわ。これ以上の協力はできないけど」
ローアリストさんは言いながらも、パソコンを操作する手を止めない。雨人はふんと鼻を鳴らして背中を向けていたが、雨人はあまり変えない表情をにっこりとしたものに変えていた。
檻ごしに、服の袖が引っ張られてボクはそちらを見る。――ユキムグリのビゼちゃんがボクのことを見上げていた。
「ビゼ、雨人たち信じてる。それと、終わらせるのはあなただよ、人間さん。遅くなったけれど、あなたの役割が回ってきたんだよ。
紅い月の時間はもう終わらせないといけないの。白銀の月が必要なの」 「……あまりわからないけど、頑張るよ」
「うん、それでいいの。わかってはいけない。不確定要素がないと、疑問はおこらないから。それに、全てわかったら世界のほころびにまで手がかかってしまう……」
さっぱり意味がわからなかったが、うん、と頷くとビゼちゃんはにっこりと笑ってくれたから、多分これでよかったんだろう。
キナリのほうを見ると、わからないと両手を出して苦笑いをしていた。 「ほら、できたわよ。見つからないうちにさっさと行きなよ。……クジルはトラートと右の道、モシュはガックと左の道で行動しているわ」
フッ、と何も音がせず、檻なんて今まで全く存在していなかったように、余韻すらも残さず消えてしまった。
「サンキュ。ビゼとローアリストもあんまり動かない方がいいかもしんない」
「何で? もしかして、もう犯人わかったの?」
キナリはローアリストさんの言葉に、伸びをしてからゆっくりと口を開いた。
「犯人はお前だ」
「は、ちょっといきなり」
胸の前で手を何度も振るローアリストに雨人は苦笑して、それを制す。
「ローじゃないで。そこに隠れとるやつ、ボクらの予想が正しければお前やな、モシュ。いや、ちゃうなあ、なあディーライ?」
雨人が指差した先には、沢山の血を流して死んだはずのディーライの傷一つついていない姿があった。
***
意味なんてわからなくていい。それこそ意味が無い。
***
雨人が指差した先には、一つの他のものよりも飛びぬけて大きな墓の上にパソコンを持ちながら直立して立つ黒い姿があった。
「……よくわかったねえ。ローアリストのことを疑うと思ってたんだけどさ、ボク的には」
ご名答、とディーライは手を叩く。それをローアリストさんとボク以外は、それが当たり前だと知っていたかのように、表情一つ変えずに見つめていた。
「ディーライ……!? 死んでなかったのか!?」
ザシュッ、と地面を擦る音がした。そこにはモシュさんと一緒に行動していたというガックの姿が。
墓の上に立つディーライと雨人、キナリの表情をかわるがわる見つめた後、こちらの方に走り寄ってきた。 「どうなってんだよ!? モシュはどうした!?」
「あの死体はモシュのだよ。……いやあ、皆面白いぐらいに引っかかってくれたね」
「は? ……マジでか……」
ディーライの哄笑が紅い夜空の下で響く。けれどそれも少しの間だけで、ディーライはすぐ表情を変えた。――瞳の色が青から、血のような紅に変わる。
「まあ、そんなこともうどうでもいいんだけど。だって、皆死んじゃうんだもん」
「またか……」
キナリが見た先にはまた、先ほどと同じようなシチュエーションでモンスターの群れ。キナリたちはすぐに陣形を整え、即座に戦闘の準備をする。
「いくら君が強いからと言って、お荷物をかばいながらこいつらと戦うなんてきついよねん。行け、モンスターたち」
モンスターたちが、奇声を上げながらなだれ込んできた。
「/hammer!!」
「/thunder!」
「/storm!」
「/coldbreath!!」
「/sling」
全員の呪文が一斉に展開、急激なスピードで発動する。けれど、いくら倒そうが戦員の数が圧倒的に違う戦い、時間と共に結果が近づいてくるようだった。
「ハハ、無駄なあがきだよ。こいつらは無限にいるんだから。ほら、行け」
ディーライがさっと指を指すと、一匹の小さなスズメバチがその方向へ突進するかの如く、飛んだ。
――それは無防備なボクへと真っ直ぐ突っ込んでくる。
ボクは来るだろう、衝撃に思わず目を瞑った。
「ビゼ!!」
声がして目を開けてみた。そこには、動かない小柄なスズメバチと、倒れているビゼちゃんの姿があった。ボクはすぐに跪いて、ビゼちゃんを抱えおこした。
「ビゼちゃん!? 何でかばったの?」
ボクは瞬時に理解する。何も衝撃がなかったのはビゼちゃんが庇ってくれたからだと。そして同時に何かの技で、相打ち覚悟でスズメバチに止めを刺したのだと。
「……人間さん。あなたの役目は今しかできないんだよ。変わるんだ、紅い衣を脱ぎ捨てて、白銀の姿を現すんだ。ビゼの力を捧げるから、思い出して。世界を欺く幻影をとく……」
「ビゼちゃん……」
今にも消え入りそうな声で、それでも必死に言葉をつむぐ。小さな呪文を残したあと、浅い息を立てながら、ビゼちゃんは目を瞑った。
「キナリ!?」
戦場に休む暇など無い、すぐ傍でキナリがの二匹ジョウログモと対峙していた。だが、そこに近づく、三匹目のジョウログモの影にキナリは気づかない。
ボクは、気づかぬうちに走り出していた。
「キナリ!!」
走ったままの勢いで、キナリを抱いてジョウログモたちの足の間を縫うように転がった。三匹目のジョウログモの攻撃は、どうやら味方に当たって終わったようだ。
「おい、バカ! 死んじまうだろ!! お前はおとなしくしてろ!」
「オレはキナリの飼い主だ。キナリに死なれたら困る。お前はオレの大事な家族だ」
そう言い放って、ボクは立ち上がった。
「初めてのオレ、いや、ボクにしかできないこと。――やっと、ビゼちゃんの言ったことがわかった気がする」
何匹ものモンスターがこちらを見つめている。けれど、心は落ち着いていた。
「ボクの役割、人間にしかできないことなんだ……」
胸の前で印を描く。ビゼちゃんの呪文に乗って送り出されたイメージ。ボクはやっとそれを思い出した。遠い遠い昔の記憶だったのだろう、それは。
「偽りの影に聖なる光を! 照らし出せ――/holyradiance!!」
眩しいけれど、不快じゃない。暖かい光が辺りを満たす。
ボクは新しいことを知った子供のように、わくわくとした気持ちでいっぱいだった。
ボクの忘れていったカケラを取り戻した気分だ。
そんな中、ボクはゆっくりと目を開けた。
「モンスターたちがいなくなってる!!」
ガックの声が聞こえた。その通り、モンスターたちは跡形も無く存在を消していた。
「ちっ、何をしたんだ、ボクのプログラムに……。それならお前単体を狙うまで!!」
「させるかっ!!」
ディーライの焦る声と、キーボードを叩く音が響く。そして、ガキィンと、金属がぶつかりあう音。
「キナリ、お前人間嫌いじゃなかったのかよ? なのに何で人間をかばうんだ? こいつらのせいでどれだけボクたちが苦しんでいるか、お前が一番わかってんだろ?」
「そうかもしれないが、こいつは命を張った。他ならぬボクのために。だからと言ってかばっているわけじゃないんだけどさ――ただ、あんたが何でこんなことをするか聞きたいだけだよ」
キナリは柵に使われていた鉄柱を、ディーライは剣を取り出して、武器同士を重ね合わせていた。ギリギリと、金属がこすれあう音までも聞こえてくる。
「それじゃあ仕方ないね、一対一で勝負だ」
ディーライは剣を退くと、かなりの跳躍力で別の墓に上に飛び移った。そして刃をキナリに向けて言う。キナリはにやり、と口の端だけをあげて鉄柱を掲げた。
「腐った根性のあんたにしては上等な言葉だね。いいだろう、受けてたつさ」
「キナリとディーライの姿がない……」
一瞬、目をはなした隙に、二匹の姿が消えていた。ボクは慌てて周囲を見回すが、二匹のいた跡は何も残っていない。
「多分、ディーライが作った特殊空間の中にいるんだわ。キナリ……」
「今は祈ることしかできへん。歯がゆいとは思うけど、それはキナリも望んだことや。……多分あんさんのためやろうな。あんなこと言ってもらったの初めてやろうから」
ボクは何が何だかわからず、呆然と立ち尽くしていた。
「さあ、最終戦と行こうか? ラスボスさん」
間違えるわけが無い。これはキナリの生意気な声だ。相手を皮肉るような、おちょくるようなそんな声。
「あれ、キナリの声が聞こえる……」
「ディーライの特殊空間に不備があったんやろうな。あれだけのハイスピードで存在を移転させるだけでも大したもんなんやけど」
「随分と余裕じゃない、キナリ。全く自分の置かれている状態すらもわかってないんだから」
「お前はズルをしないってわかってるからな。まあしたくてもできないよな。――お前のパソコン、さっきからフリーズしかけてんだろ? 」
姿は見えない。けれど、声だけが不思議と響いていた。
「やっぱりお前か。時限式か、もしくは大量の作業を行うとウイルスが発動するようになってたんでしょ。どうやってこのパソコンに侵入したのか、とてつもなく不思議だよ。ウイルス対策はどんなパソコンよりも、緻密にまた正確に作ってあったはずなのにさ」
「オレじゃない――お前がパソコンをいじり始めた時からついてたんだよ、そのウイルスは」
バァアンと、ガラスが弾けて割れるような鋭い音が響いた。それと同時に、目の前に、キナリとディーライの姿が現れる。
「壊れた……キナリ!!」
特殊空間が壊れたことに二匹は気づいていないようだ。キナリは大胆不敵といった顔をして、その先で膝をついているディーライを見下ろしていた。
「っ……そんな……ってことは」
「急激に大量の作業が行われると発動するように仕掛けてあったんだってな。
――お前の予想通り、それを取り付けたのはクジルだよ」
「嘘だろ……全ては……ボクがこんなことをやったのは、クジルのためだったのに……。それを阻止したのがクジルだったなんて……」
ディーライのひどく狼狽した声が、響く。しかし、段々とディーライは声を上げて笑い始めた。
「ハハ……クジルがこんなことやるわけ、ないじゃないか。血なんてものが繋がっていなくても、クジルはボクの父さんなんだから」
「これが真実なんだ」
「そんなことが……あるわけない!! クジルがボクを疑うわけが……」
「クジルは薄々感ずいてたんだよ。あんたがとてつもなく力を持つようになることを。だからセキュリティをする前の無防備なパソコンの奥深いところに仕掛けをしてあったんだ」
「ハハハ!!!」
先ほどよりも激しく、ディーライが笑い出した。それに向けて、キナリを含めその場の全員がどうかしたのかと、訝しげにそれを見つめる。
「何だよ?」
「やっぱりお前の言ってることは嘘だ。ボクはクジルにパソコンを与えられる前からパソコンを使って色々やってたんだ。あの時にクジルがボクのことをどう思っているか、クジルの感覚神経にも干渉していたんだ。力が大量に必要すぎて、それ以来やってはいなかったけど。でも、あの時クジルはボクに対して危機感や恐怖を抱いてはいなかった。だから」
「お前が犯人だったんだな、ディーライ」
「クジル……!?」
聞き間違えようの無い、凛とした冷たい声。ディーライの顔に、明らかに動揺の色が浮かんだ。
「……さっき雨人から全てを聞いた。クジル、あの時、お前が神経に侵入し干渉したのは私じゃない。私の姿に変身していたモシュだよ」
「嘘だろ!? 何も繋がりがないモシュが、何であんなにボクを愛しているって!?……説明つかないじゃないか!!」
ハッ、と笑い飛ばすようにディーライは言う。しかし、その声は震えていた。声だけじゃなく、もう手も足も震えている。
「ディーライ、落ち着いてよく聞き。
――お前の本当の父はな、モシュなんや。けど、ディーライの幼い頃にしてしまったことや、ディーライの母さんのこと、
そういうことがあってまともにお前の顔すら見れなかった。そこで、信頼しとったクジルに預けていったんやけど……やっぱり親子の情は捨て切れん。 ディーライが言葉をしゃべりだした頃に戻ってきたんや」 「それから、モシュはどうしてもディーライに一度触れてみたいと言ってきた。なので私と雨人で協力して、モシュを私の姿そっくりに変身させたんだ。
あの時のモシュの嬉しそうな顔は今も忘れられない……。多分、ディーライが干渉したのはそのときなのだろう。私と雨人は既にあの時、お前の能力に危機感を感じていたからな」 「そんな……じゃあモシュが本当の父さん? ボクは父さんを殺したの……?」
「そういうことになるな」
情などカケラも感じさせない、氷のような声。ずっと父親だと信じていたのだろう、ディーライの狼狽具合はさらに激しくなっていた。
「……くそっなんでこんなことに……。……死んでやる……皆道連れで死んでやる!!」
キーボードを物凄い速さで叩く。パソコンが青い光に包まれていき――バリン、と音がしてその光だけが消えた。
「ウイルスが破壊された!? 戦闘準備だ!!」
「待って!! ディーライ!!」
「人間風情がボクに何の用だ? 今更命乞いか? 笑わせるね」
ボクはまた知らず知らずのうちに、ディーライの正面に飛び出していた。既におかしくなっているようなディーライの瞳に見つめられて少し萎縮してしまったけれど、大事なことなんだ、とボクは口を開く。
「違うよ……ディーライにはわからないの? モシュが悲しんでいることが、モシュの痛みが」
「何を言ってるんだよ……?」
「ボクにはわかる、モシュの悲しみも心の痛みも。気づいてあげてよ、モシュは、ディーライのすぐ傍にいるんだよ?」
ボクは両手を天へと差し出した。そこには、白い柔らかい光。――悲しい、けれどとても幸せそうな心のリヴリーがその中にいるのだと、ボクは知っていった。
「何……っ! ……モシュ!?」
光が何度もディーライの周りを回り、そして赤い光を受けて回転を止めた。
そこには、真っ黒なホオベニムクチョウ。ディーライに殺されたはずの生命。
――ディーライの父親がそこに浮かんでいた。
「ディーライ、ずっとお前のそばで見てたんだよ。お前が犯人だということはすぐにわかったけど、信じたくなかったんだ。自分が殺されても、まだ信じたくなかった。
だが、思い出したよ。お前がリヴリーの魂である生命の塊を、何故必要としているのか。それから、何故オレを殺したか」
まるで笑顔を浮かべるように、モシュは目を細めた。その場の誰さえも、声を出してその言葉を遮ろうなどと考えられなかったんだろう。ボクもそうだった。
こんなに悲しそうに、幸せそうに笑う人を、ボクは見たことが無い。
「それは、クジルのためだったんだろう? クジルの生命の塊が不具合を発生しているのに気づいて、だから塊を欲していたんだよな。
自分の手を汚してまで、クジルを助けようとしていたんだよな。それに、オレを殺した理由――オレが母さんを殺したからだろ?…… あれはオレが殺したのと同罪だ。何かの会話でも聞きつけたんだろうな……。お前は母さんの仇をとってやろうと思ったんだな。やっと……全てが繋がったよ」 クジルは一瞬表情を変えたが、すぐにいつもの冷たい表情に戻った。知らなかったのだろう、クジルはディーライの行動の意味を。
「お前が愛しているもののために殺されるのなら、それでいいと思った。お前にも、母さんにも何もできなかった自分の唯一の罪滅ぼしとして、
それぐらいなら軽いものだとも思ったよ。お前は優しい子なんだよな――オレが正体を明かしてももしかしたら、恨まずにいてくれたんじゃないかと希望を持つくらい、優しい子なんだ」 「父さん……!! そんな、ボクはそんなものじゃないからいかないでよ、まだ話したい事も、謝りたいこともいっぱいいっぱいあるのに……」
「ごめん、ディーライ。――みんな、ディーライのこと、愛してくれてありがとう。不器用でそれでも真っ直ぐで優しい子なんです。今回のことを不問にしてくれとは言わない……けど、
せめてもう一度、ディーライにやり直すチャンスを与えてあげてください。……私が親として初めてこの子にできることで、そして最後の、私の一生分のお願いです。 どうか、ディーライにチャンスを……」 モシュはそう言って、深々とボクたちのほうへ頭を下げた。
何て切なく、幸せそうな声なのだろう。モシュの声は頭の中に直接響くように、柔らかく響いた。
「当たり前やろ、モシュ。ボクらだってこの子と、お前の傍にいたんや。お前がどれだけこの子を愛していたかわかっとる。それにな、ボクらだって皆ディーライを愛してる、
勿論お前のこともや、モシュ。だからな、安心せえ」 雨人のその言葉を聞くと、安心したようにモシュは翼を羽ばたいていた。その後ろから、ディーライはおずおずと姿を現して、
それから墓の上から落ちてしまうのではないかと思うくらい、思いっきり頭を下げた。 「父さん……本当に、ごめんなさい……ありがとう、愛してる。本当はまだまだ一緒にいたいけど、けど……今度は父さんみたいに立派になれるよう、
頑張るから……なれるまで待っててね、絶対、絶対だよ。どんなに時間がかかっても、絶対会いに行くから……父さん!!」 「ありがとう、ディーライ……。父さんも愛しているからな……」
伸ばしあった手と翼は触れ合うことが無かったけれど、二匹は幸せそうな笑みをうかべながら、光に包まれていった。
***
終わりの終わりは始まり。
***
「全く、あんたはいつまでここにいる気なんだ」
「知らないよ。今回に限って戻る方法がまだ見つからないんだから」
ある晴れた午後。キナリの家であるぽかげしきじまで、ボクは日向ぼっこをしていた。あれからまだ帰る方法が見つからないので、
ボクはここでお世話になっている。ちなみに、何故だか知らないがおなかが減ることは無いので、何も食べてはいない。 「もう三日目だろ!? あんたの世界はいいのかよ!!」
「まあまあ、キナリ押さえて押さえて。この人のせいやないんやから」
「そうそう、ボクだってこんな何もない島飽きてきたところなんだからさ」
「何をうっ!! このっ!!」
キナリが怒って追いかけようとしてきたので、ボクは立ち上が――
「キーナリー!!」
どしん、とキナリが頭からずっこけた。いや、後ろから飛びついてきた小さな体のトビネに倒されたのだ。なので、ボクは座ったままでその様子を見ることにした。
「久しぶり、ディーライ。そんなに慌ててどうしたの?」
あの日以来、ディーライは前と変わらずクジルのお世話になっているらしい。今度はいいことに自分の才能を使っていくそうだ。そして、
クジルの病気もきちんとした医者に見せたら治る見込みが出てきたらしい。どうやらクジルは病院嫌いだったようだ。 ディーライが集めた生命の塊は、それぞれの持ち主にきちんと返したらしい。それと、モシュの墓もきちんと作られた。
ボクたちもお墓参りに行ったのだ。ディーライの母親の墓の横に並んでディーライの島の一番高いところに二つ並んで立っていた。 「あ、丁度いいところに。あなたの帰る方法見つかったよ! ……だけどもう時間に余裕がないんだ、すぐ行かなきゃならないよ」
「そっか……じゃあ皆とお別れか。うん、行こうか」
「入り口を出すから待っててね、ここから行けるから」
それだけ言うと、忙しそうにディーライは小走りに駆けていった。
「人間、あなたにも世話になったわね」
「もう行っちゃうのかよー。寂しくなるなー」
「でも、また会えますよね? もっとあなたとお話してみたいです」
日向が遮られてそっちの方を見ると、ローアリスト、ガック、トラートが立っていた。お別れっていうものはやっぱり寂しいんだな、としみじみ思いながらボクは皆に手を差し出した。それぞれと握手をする。
「……どうなんだろうね。一度来れただけでも奇跡なのに、もう二度も来てるんだ。もしかしたら一生分のボクの中の奇跡を使い果たしてるかもしれない」
「あなたは……また此処に来ることになるわ……。まだ役目を終えてないもの」
「どうやら、まだこの世界に縁があるようだな、人間」
「そうらしいですね……」
はあ、とため息をついて見せるが、心の中では嬉しいとか思っていたりする。顔には出さないけれど、今度違った形でこのメンツとまた会ってみたいという気がするのだ。
「あんさん、そろそろ準備できたで、こっち来て」
ビゼとクジルとも握手をすると、丁度雨人が呼びに来た。皆にじゃあまたね、と声をかけてからボクは歩き出していた雨人の横へと小走りで行く。
「雨人、ボクまだ少し疑問があるんだけど……」
これを聞きたかったのだ。自称小説好きな自分にとって、まだまだ疑問が解決しきれていなかった。
訊ねると、雨人は目を伏せてまるで笑うような表情をとった。
「犯行方法やろ? あんさんなら聞くと思て答えは用意しとったで。
第一の犯行、ガーディ・オーロ氏。あれはボクの推測やけどな、シャドーを使ったんやと思う。チームが集まる前に、既に此処の形はできとったわけやし、監視カメラも放ってあったからな。それに乗せてシャドーを送ったんや。ディーライもクジルと同じようにシャドーが得意やったんやろ。それを更にパソコンでプログラムして、実体に限り無く近い状態にして、パソコンを端末にして操ったんや。実際、監視カメラの中から、ガーディ・オーロ氏の物だと思われる生命の塊が出てきたからな。あとでこっそり回収するつもりやったんやろ。それと、侵入者感知レーダーにはシャドーは映らんのよ。
そして第二の犯行。これは簡単や。事前に、大体予告時刻に近い時間に死ぬように調節した薬か何かを盛って、弱らせておく。そして暗闇に乗じて、自分は変身して、モシュはパソコンで瞬時に見た目を書き換えて、姿が変わっているモシュをナイフで刺したんや。自分のいた場所と交換するのは結構簡単や。移動呪文に少し手を加えるだけでええんやからな。あとは、偽のパソコンとともに死体を放置、生命の塊はこれも、あとで取りに来るつもりやったんやろ。置いたまんまやった。
ちなみに、あのモンスターたちもシャドーと変身に手を加えて、それぞれにプログラミングしとったんやろうな。だから一瞬でぱっと消えるっちゅう芸当ができたわけや。操作はあのパソコンでしとったんやろうからな」
「何だか……こうやって聞いてみると結構単純なんだね。ボクの呪文みたいなのは何だったの?」
「単純なものの方が見つかりにくいからな。それに、仲間で、殺されたはずのディーライを疑うものなんて普通おらへんやろ? キナリと同じくらいに子供やしな。
それであんさんの呪文か。あれは多分呪文の無効化やな。だから基本構成は呪文でできているモンスターたちは一瞬にして消えたんや。……何で人間であるあんさんにあんな芸当ができたのかはボクにもわからんけど、やっぱり人間の特性なんかなあ。神や悪魔は創造することができなくて、人間が想像したものを真似して使っていたとか言う伝説もあるくらいやしなあ」
「へえ。まあ真実は闇の中って感じか……」
結局、わからなかったことが大部分を占めたような気がする。
「ところで、あんさんにも世話になったな。キナリはあれから結構人当たりがよくなったんやで」
「嘘でしょ? 何にも変わってないよ」
「いや、変わったで。あんさんには強がって見せないのかも」
「おい、あんた!!」
言葉を遮って、貝殻のある島の貝殻の影から、キナリが手招きをしていた。ボクはぺこりと軽く雨人に会釈をして、そちらに駆けていく。こうやって皆に挨拶をすると段々悲しさが募ってくるなあ。
「言ってるそばから……ありがとうね、雨人。
――何だよ、キナリ? 最後くらい文句は無しだからね」
「うるさいな。……ほら、これやるよ」
差し出したキナリの手の上には、小さな光沢を持って光る小さな何かがついたペンダント。
「これは……?」
「この島の貝殻のカケラで作ったペンダントだ。……捨ててもいいが、向こうに行ってからにしろよ」
「ありがとう、キナリ。大丈夫、ずっとつけてるから」
いつも強がってばかりというキナリのイメージとは全然違ったけれど、とてもとても嬉しかった。胸がいっぱいになるって、こういうことを言うんだろうな。涙が出そうになったけれど、ボクは空を向いてそれが流れないようにを押さえる。
「……お前は、ボクの家族なんだろ? だから、また来いよ」
「そう、家族だよ。大事な大事な家族だ。絶対、また此処に来るから、その時までにもっと強くなってろよ」
「ああ。……じゃあまた……な」
今度こそ、一粒涙が耐え切れずに出てしまったけれど、仕方ないことだとボクはわりきって、キナリの手をぎゅっと握った。最後だから、と言ってぎゅっと抱きしめると、キナリも頭をぽんぽんと叩いてくれた。
――あまり涙を見られたくないな。キナリの柔らかい毛に顔を押し付けて、ひっそりとボクは涙を拭う。
「さあ、準備ができたよ。長くは持たないから急いでこの中に入って!!」
大きく口を開けたゲートの前に皆が集まっていた。それぞれの顔を見渡して、ボクは笑う。
「またね、皆!!」
いつかまた会える日を――。
島名:ぽかげしきじま/飼い主名:紅鈴/ リヴリー名:キナリ
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