「知っていたブラド」 もう何日目だろう?それとも何年?? 心を閉ざしたブラックドッグに月日は関係ない。でもそんな彼の傍にいるスナイロユンクは違った。 スナイロユンクは切に願いながらブラックドッグの傍で物語を朗読し続ける。 幾日も幾年も、いつ来るか分らない終わりを夢見て。 さらさらと流れる水の音が聞こえる。誰かが呼ぶ。僕を呼んでいる。 あれはきっと。ご主人様――。 「そこで僕はご主人様と感動の再会を果たすんだ!」 今日何回目になるか分らない彼の『夢物語』を僕は聞いた。 正直な話ちょっと聞き飽きた。 ブラックドッグの彼――僕の無二の親友。 彼のご主人様はもう半年近くも彼に会いに来ない。 でも彼は捨てられた訳じゃないんだ。どうしても会いに来る事が出来ないらしい。 捨てられた訳じゃない証拠に僕のご主人様と彼のご主人様は大の仲良しでいつも一緒にいる。 でもそこは僕達の知らない世界。そして僕達リヴリーが干渉してはいけない世界。ご主人様たちはそこでいつも会っているらしい。 「ねぇ!聞いてる??」 じれったそうに彼は僕のフサフサの耳を軽く噛んだ。 「あいたっ!もう・・・聞いてるよ!ご主人様と再会したんだろ??」 「違う!感動の再会さ!!ご主人様は僕にいっぱいのお土産もくれるんだ!!」 彼はそういうと自分の島に帰っていき、僕に一冊の本を見せてくれた。 「なに??・・・これ」 怪訝な顔をすると、彼は待ってましたと言わんばかりにふんぞり返った 「ご主人様が僕に下さった宝物さ!!人間の世界では『絵本』って言うんだって!」 得意になった彼は嬉しくて仕方が無いといった表情をして僕に説明した。 「ふーん、これ・・・なんて読むんだい??」 それは僕達リヴリーには読むことの出来ない文字だった。 「うん・・・それが僕にも読めないんだよ、でも時々絵が乗ってるんだ!見て!!」 そう言って彼が指差した先には二人の人間がとても綺麗な湖の木陰にいる絵だった。 「ほら、きっとこれ僕らのご主人様なんだよ!あ、ねぇこれも――。」 そう話す彼の眼はとても活き活きしていて、僕は見ていて何だか嬉しくなった。 そんな風に他愛も無い話をしながら時間は過ぎていく、でもこの一瞬が凄くかけがいの無いものに感じて。 「おいで、帰るよ」 声で分った、僕のご主人様だ!僕らはご主人様の元に駆け寄った。 大きくて暖かい手で僕の頭をくしゃくしゃ撫でてくれるんだ。もちろん彼にもね。 「ちゃんとお留守番してたかい??」 彼の耳の裏をくすぐる様に撫でていたご主人様に僕は絵本を見せた。 「ご主人様!!この絵本なんて読むんですか??」 どれどれと、ご主人様は立ち膝をしてその絵本を受け取った。 僕らは只々、次の返答を待った。帰ってくるであろう物語の全貌を心待ちに、只々――。 そのとき不思議なことが起きたんだ。ご主人様の目から一筋の涙が。 びっくりして思わず顔を見合わせた。当然の如く彼も困惑して僕のほうを見ていた。 「あの・・・ご主人様・・・?」 少しだけ目元をぬぐって僕らをじっと見つめていた、でも僕は感じたんだ。ご主人様はあの時僕ではなく彼を見ていた。 彼を見て涙を流したんだ。あの本の中には・・・一体何が?? 本を閉じて何事も無かったかのように僕を抱き上げて 「いやぁ、感動して涙が出ちゃったよ。この本には君がいかに素敵なパートナーなのかってことが沢山書いてあったよ、君は 本当にあいつに愛されてるね」 どこか声が裏返りいつもより早口に聞こえた。 「え、この本ご主人様が僕のために書いてくれたものなんですか!?じゃあやっぱり僕のことを愛してくれてるんですね! わぁあ!早くご主人様会いにきてくれないかなぁ!」 嬉しそうに尻尾を振る彼を見るご主人様の目に再度涙が浮かんだのを僕は見逃さなかった。 なんで・・・ご主人様は嘘をついたんだろう 嬉しそうに彼は自分の島に帰って行き公園には僕とご主人様だけが残っていた。 「今日は少し違う道で帰ろうか?」 公園とは打って変わって賑やかな案内パークを僕とご主人様は歩く。 嬉しそうにご主人様と手を繋ぐ小さなパキケ 気合を入れなおし今から戦いに行くであろう精悍な顔つきのピグミー やどかり亭の前で今夜のご飯は・・・と悩むワタメの親子 新しい島を買いに来たトビネの夫婦 皆幸せそうに過ごしている。なぜ僕は今こんなにももやもやした思いを抱えているのだろう。 さっきのご主人様の顔は、涙は、一体何なのだろう?? 夕焼けの案内パークを背に僕はご主人様の腕の中でなんとも言えない気持ちになった――。 何も教えてくれない。ご主人様は何も教えてくれようとはしなかった、でもいつも通りに僕にも、もちろん彼にも優しく接してくれた。 だからこそ余計気になってしまう。 だから僕は決心した、人間の言葉を覚えて、彼の絵本に一体何が書いてあるのかを知ろうと。 人間の言葉というものはとても複雑で発音というものもあるらしい、でも僕の場合は相手と話すわけでは無かったのでわりとすんなり理解できた でも、僕が本の解読を始めてから彼は喜ぶどころかどこか上の空だった、そう、どちらかと言うと解読しないで欲しいといった感じに。 でも休んではいられない 少しずつ、少しずつ言葉を、単語を覚えていき僕はその物語を解読していった。 ところが本の解読の完成が間近に迫ったある日突然彼が言葉を受け入れなくなった。 大好きだったはずのご主人様の本を見ようともせずに、一日中島の隅で震えていた どうすればいいのか分らず、ご主人様にも知らせたが彼は何も話さなくなってしまったのだ。 言葉をなくしたブラド――。日に日に弱っていく親友を見ながら僕は本の解読を急いだ、ご主人様の言葉がもし嘘じゃないなら この絵本には確実に彼を元気付ける事が書いてあるはず―― それだけを願ってに僕はひたすらひたすら解読を続けた。 そして、解読を初めてちょうど4ヶ月が過ぎた日の夕方 その物語はほぼ解読された、でも・・・でも! すっかり弱りきった彼に僕は一体どうやってこの物語を告げればよいのか。 何て・・・なんて事だ・・・。僕は何と彼に言えばよいのか・・・。 最後のページに綴られたこれは・・・これは――。 ヴォンッ 通い慣れた彼の島に辿り着いた僕は恐る恐る近づき、いつものように彼の隣に腰を下ろそうとした。 もはや彼の目には世界の景色がぼんやりと映っているだけだった。僕の言葉も聞こえているのかいないのか。 おずおずと口を開き、その物語の中身を告げようとしたそのとき―― 久しぶりに聞いた彼の声は弱弱しくそしてとても悲しい声だった。 風の音がうるさい 彼の声が聞こえない 耳で彼の言葉を受け止めたというよりは心にズンと重く圧し掛かった感じだ。 弱弱しくその声は僕にこう告げた 「「知っていた」」 頭をガンと殴りつけられたような感覚に落ち入った。そして急に目頭が熱くなり僕の目から涙が溢れた 知っていた??彼はもうこの内容を知っていた??なんという残酷な・・・そして・・・なんて悲しい・・・。 見慣れた島での夕焼けが涙で霞み、いつもよりも余計に赤く燃え上がっているように思えた。 すっかり腫れ上がった彼の赤い目はもう世界を見ることは無いだろう。その自慢の尾は喜びを表現するために振られることも無いだろう ご主人様の指を甘噛みするのが好きだった歯は開かれることも少なくなるだろう。 そして何より元気良く主を呼んだあの明るい太陽の様な声はもう二度と聞くことは無いだろう。 あまりにも多くのものを失ったブラックドッグはこれからもこの場所で待ち続ける、もう来ることの無い幸せの再来を夢見て。 そして彼の無二の親友―― 黄色いスナイロユンクは本に描かれた物語を朗読し続ける、彼もまた二度と来ること無い幸せの再来を願って――。 島名:SilentHill/飼い主名:克郎/リヴリー名:春輔 |