「蒼々探偵事務所〜春雨〜」


ぽたり、と雲一つ無い青空から誰もが気付くはずもない雫が落ちた。
それから急に空は濁り始め、急に空は灰色に染まっていった。
「・・雨、傘持ってない・・・!」

-----とある事務所にて
「遅いなあケリーさん、何してるんだろ、ねぇ?トゥルー。」
トゥルーと呼ばれたリヴリー、Truthはリヴリーの中でも人気の高い種のラヴォクス。
リヴリーは可愛がられているものもいれば、乱暴に扱われるものもいる。
トゥルーもその後者の方で、某アイランドに捨てられていたのをここの主が拾ってきたのだ。
そのトゥルーはあどけなく声の主を見るや否やきゃん!と一声上げた。
声の主はそれを見てにっこりすると、雨が静かに滴り降る窓の外にまた視線を戻した。
と、その瞬間古ぼけた玄関のドアがバタンと音を立てて開き、さあさあと雨の音が小さな事務所に広がった。
「ただいまー雨、急に降り出したもんだから!レムラス、タオル!」
この事務所の主であろう御方は心の内を一気に喋り尽くすと、トゥルーにおいでおいでと手招きをした。
トゥルーはきゃんきゃん鳴きながら主の元へ掛けて行くと、ちょこんと主の手の平に乗っかった。
「お前、きゃんきゃん言ってるけど、バウリンガルとかで翻訳できんの?」
冗談好きらしい主は「じゃれるなじゃれるな、」と言いつつも嬉しそうに笑っていた。
「だから携帯持った方が良いって言ってるんですよ!はい、タオル。」
さっきまで窓を見ていた彼、レムラスはタオルを2枚持ってくると、雨でびしょ濡れの主に差し出した。
「ああ、ありがと。でもね、どうも電波ってのが苦手で・・。」
「ケリーさん、十分電波系ですよ。」
その時再び古ぼけた玄関のドアが開く。
静かに降っていた雨はいつの間にか止んでいたが雲は相変わらず濁ったままだった。
「ここ、『蒼々探偵』さんで?」
ドアの向こうから現れたのは見るからにお金持ちといった服装にやや高めのイントネーションで話す体格の良い女性。
もう一人は背は隣の女性と頭一個分差があるくらいで、華奢な体だが顔は母親であるだろう隣の女性にそっくりだった。
少女はレムラスとケリーにぺこりと頭を下げた。

「まあ、どうぞお座り下さい。」
二人が座るとソファーはぎしりと音を立て、女性は少し不服そうな顔をした。
しかし、一方の少女は少しも不満の色を漏らすことなく、お茶を出したレムラスにふんわりと微笑んだ。
「早速ですが、ここは『蒼々探偵』ではなく、『蒼々探偵事務所』です。あ、もしかしてその案内所間違って記載してました?
いやー、すみませんね、それ書いてるときうちのトゥルーが色々とちょっかい出したもんですから。
あ、この事務所では主にリヴリーに関する事件の捜査依頼を受けております。
主はわたくし、エニスケリーと申す者。ケリーで結構ですから、で、今日はどのようなご用件で?」
レムラスはまたやってしまったという痛々しげな思いでいた。
ケリーは人一倍早口で、しかも一度に大量の言葉を発する為、長い付き合いのレムラスでも正確に聞き取ることは難しい。
しかし、いつもならこの時点で玄関へ向かおうとする依頼人が殆どなのだが、今回はそのパターンではないようでレムラスは少し安堵の息を漏らした。
「実は・・」
と、少女が重たしげに口を開いた。
少女の名前はアミリス。
いわゆる社長令嬢、お嬢様といったところだ。
「私、ラヴォクスを飼っていたんです。マルススっていうんですけど、先日お父様とお母様が海外に出張に行っているとき、
お友達に買い物に誘われたの、それで、まさか買い物にマルススを連れて行くわけにもいかなくて、お家にお留守番させておいたんです。
そしたら私が帰って来たときに跡形も無く姿を消していて・・・、はい。」
俯くアミリスは涙を必死に堪えていた。
「うちのアミリスはあれをとっても可愛がっていたの!なのにあの猫狐ときたら!」
「お母様はリヴリーはお嫌いで?」
ケリーは母親の傍若無人な態度に少々腹が立ったのか、わざとらしく咳払いをすると話を戻した。
「あたくしは忠誠心の強い動物が好きなのよ!でもアミリスがどうしてもって言うもんでして、」
「実は私のリヴリーもラヴォクスでしてね、やんちゃですが人懐っこいんですよ。トゥルー!」
ケリーが呼ぶと、トゥルーはきゃん!と一声上げてちょこちょこと走ってきた。
「!」
すると、突然アミリスは驚いたように目を見開いた。
「どうかしましたか?アミリスさん、」
「い・・いえ、何でもありません、はい。」
アミリスは慌てて口を塞いだ。
「アミリスさん、貴方、本当買い物に行っただけですか?」
「ええ、そうです、はい。」
「では・・、マルススちゃんを飼い始めてから貴方、お母様と上手く生活してますか?」
「・・っ、何でそんなことを?今は事件の話を・・・、」
「知ってました?」
「え?」
「語尾に「はい、」って付けるのは虚言癖のある人に多いんですよねー、つまりは、自分をそう信じ込ませようとする、ってことです。」
「何が言いたいんですの?」
母親は急に眉間にしわを寄せ言い放った。
レムラスは薄々ケリーが何を言おうとしているのか気付いているようだった。
「アミリスさん、」
「はい?」
「貴方が行方不明になったと証言しているマルススちゃんは、貴方自身が某アイランドに置き去りにしたんですよね?」
「・・・・、」
「貴方何を!アミリスはあの動物を取り戻したくてここへ来たんじゃないの!」
「そう、『しょうがなく』ね、そうでしょう?アミリスさん。」
「・・・・・ええ、そうよ。」
アミリスは潤んでいた目を擦り、姿勢を直すと真実を口にし始めた。
「私は本当にリヴリーが好きで、ラヴォクスがどうしても飼いたかった!友達もみんな可愛いリヴリー達を連れてて、
でも、お母様はそんなくだらないことより勉強しなさい、だとか、欲しいものなら他にもあるでしょ、とかばっかりで、結局何にも私のことなんて分かってくれてないの!
ラヴォクスを飼い始めてからはそれが毎日!それでつい、リヴリーに八つ当たりするようになってしまって・・・。」
アミリスは語り終え、静かに泣き崩れた。
「どうぞ、使って下さい。」
レムラスはアミリスに白いハンカチを手渡した。
「それで、そのマルススちゃんは、うちのトゥルー。ですね?」
「・・はい。」
「なら、主が見つかったんだ、良かったなー、マルスス?」
理解しているのか否か、トゥルー、マルススはきゃん!といつもの様に一吠した。

「本当に、どうも御迷惑をお掛けしました。」
「御免なさいね、アミリス。ケリーさん、本当に有り難う御座いました。」
今度は二人とも深くお辞儀をし、ドアの向こうへとマルススと共に去っていった。

「行っちゃいましたね・・・。」
「そうね、」
トゥルーが居ない事務所は、まるで時が止まっているかの様に思える程静かだった。
「『そうね、』って!寂しくないんですか?ケリーさん!」
暫く沈黙が続き、ケリーは答えた。
「寂しくないね、うん。」
「それ、虚言癖のある人がよく使うんでしたっけ?」
その時再び雨がぽたぽたと静かに降り出した。
まるでまた客人を呼ぶかのように。
「春雨ね・・・、」
そしてまた古ぼけたドアが開いた。
「トゥルー?!」
「きゃん!」
そこにいたのは紛れもなく先程本当の飼い主の元へと戻ったはずのトゥルーだった。
「どうして・・・!」
「やっぱり、ケリーさんのところが良かったみたいです、それに、私も我が侭ばかり言ってられませんからね、良かったら今度家でお茶でも、もちろんレムラスさんと、トゥルーも一緒に、では!」
アミリスはにっこり笑うと駆け足で帰路へと向かった。
雨を弾く足音が一層耳に響いて切なかった。
「ケリーさん、明日はどうします?」
「そうね、明日は3人でピクニックでも行くか!まだ季節的に早いけどね!」
「きゃん!」

春雨は如何でしたでしょう?
蒼々探偵事務所は今日も変わらず。
年中無休で依頼をお請け致しましょう。

「あら、そこの貴方、リヴリーの事で困ってらっしゃらない?」


了〜有り難う御座いました〜


島名:セルティス礼拝堂/飼い主名:エニスケリー/リヴリー名:Truth

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